僧帽弁閉鎖不全症②~治療編~
僧帽弁閉鎖不全症について、前回(コラムNo.2)はトピックに偏っていた所もあるので、今回は治療、特にお薬について説明します。
その前に。前回紹介したのは、ガイドラインに基づく治療の話でした。これはあくまでガイドラインです。基準になっている心不全症状はうっ血性心不全の症状(=肺水腫)です。心不全の症状は様々です。肺水腫以外の症状もあります。心不全と同じような症状が、呼吸器疾患が原因で起こることもあります。また欧米と日本とでは飼育犬種に違いもあります。
ガイドラインだけで治療を行っているわけではありません。診察や治療のときに、経験や知識だけでなく、参考にするガイドラインがあるということです。世界中の獣医師が参考にしているガイドラインがあるということは心強いことでもあります。
前置きが長くなりましたが、僕自身、個々のわんちゃんの状態をしっかり診察することを大切にしています。いきなり「ステージB2だからこの治療!」ってわけではないです。
わんちゃんの顔色、しっかり見させてもらっています(笑)
では本題に。「どんな病気か」ということについては、いろいろなところにまとめてあったり、各メーカーのホームページなどに分かりやすく書いてあったりするので省略させていただきます_(._.)_
もちろん、当院でお話するときは省略しませんよ。
僧帽弁閉鎖不全症の治療ポイントは…
- 血圧をさげる=血管を広げる
- 弱ったポンプ機能でも送り出せる/受け止められる循環量を維持する
- 肺水腫のリスクをさげる/緊急時にそなえる
これによって病気の進行とわんちゃんの症状を抑えることです。
治療には多くのお薬が使われます。時代とともに病態の理解、治療に対する考え方、そして使われる薬などが少しずつ変わっています。よく使われるものを紹介します。(本文中の商品名は一例です)
ACE阻害薬(アンギオテンシン変換酵素阻害薬、エース阻害薬、ACEI)
弱い血管拡張薬です。血管を広げ血液循環を改善します。血圧を下げる効果があります。多くの種類があり、製品もたくさんあります。初期のステージから用いることが多いです。
成分名 | 商品名 |
---|---|
エナラプリル | エナカルド、リズミナール |
ベナゼプリル | フォルテコール |
アラセプリル | アピナック |
テモカプリル | エースワーカー |
ピモベンダン(商品名:ベトメディン、ピモベハート、ピモハート)
ACE阻害薬より強い血管拡張作用があります。また心筋に作用し、心臓の収縮力を上げます。比較的新しいお薬です。(コラムNo.2)のデータはこのお薬で出たものです。
硝酸イソソルビド(商品名:ニトロール)
血管拡張薬です。心臓に供給を行う冠動脈を広げる作用があります。ヒトでは狭心症や心筋梗塞の患者さんに使われています。
ニトログリセリン舌下錠(商品名:ニトロペン)
即効性の血管拡張薬です。緊急時に用います。苦みがあるのでわんちゃんでは包皮内や膣内に投与します。寝ているときの呼吸数が1分間に40回を越えるときはお家で投与してもらうようお話しています。
利尿剤
体の余分な水分を尿として排泄させます。薬理作用の違いや持続時間の違いがあります。緊急時にも使います。過剰投与にならないよう注意が必要です。
種類 | 成分名 | 商品名 |
---|---|---|
ループ利尿薬 | フロセミド | ラシックス |
トラセミド | ルプラック | |
抗アルドステロン性利尿薬 | スピロノラクトン | アルダクトン |
ジギタリス薬(商品名:ジゴキシン)
古くから使われているいわゆる強心薬です。心臓の収縮力を上げて、心拍をゆっくりにします。利尿剤の併用時には副作用に注意が必要です。
β遮断薬(ベータ遮断薬)
血管拡張作用と心拍を抑える作用があります。薬ごとに少しずつ作用の違いがあります。他剤との併用は慎重に用います。心不全への使用には意見が分かれている部分もあります。
種類 | 商品名 |
---|---|
成分名 | アーチスト |
アテノロール | テノーミン、ミロベクト |
これらの薬を、わんちゃんの状態やステージの進行にあわせて、経験やガイドラインを基に処方します。また緊急状態で来院された場合に用いる注射薬などもあります。僧帽弁閉鎖不全症で投薬中のわんちゃんは、多くの薬が必要になる場合が多いです。
日本のわんちゃんの死因の第2位は心疾患で、その約80%が僧帽弁閉鎖不全症だといわれています。「いつから、どの薬を使えば、僧帽弁閉鎖不全症の管理がうまくできるのか」「どうすれば僧帽弁閉鎖不全症で亡くなるわんちゃんを減らせるのか」この答えを求めて、世界規模で研究が続き、ガイドラインもアップデートされています。
おまけ
「心臓のお話」をしたときに飼い主さんからよく聞かれることもまとめます。
Q.散歩はこれまで通りでいいですか?
OKです。ただし激しすぎる運動は避けましょう。いつもの散歩で疲れて立ち止まったり、散歩を嫌がるようになったりしたら「運動不耐性」という心不全症状の場合があります。一度受診してください。散歩にいかないわんちゃんは「ご飯の準備のときはしゃぐ」「階段を軽やかにのぼりおりする」などのいつもの動きが減った/しなくなった時がそれにあたるかもしれません。
Q.肥満はよくないですよね?
はい。肥満は心臓だけでなく関節、内臓にも負担になります。ただし、心不全が進行してくると、食欲不振になったり代謝変化から痩せてきたりする場合も多いので、痩せすぎも注意が必要です。
Q.塩分は避けたほうがいいですか?
「過剰な塩分(ナトリウム)」は控えましょう。人間の食事、ハム、ちくわ、じゃこ、チーズなどは高塩分です。お薬を飲ませるときにそれらが必要な場合は御相談ください。初期には制限しすぎることがかえって悪影響があるといわれています。心臓用の処方食は制限してあるものがほとんどです。こちらも御相談ください。